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東日本大震災復興支援に関する2011年の当社の活動報告です。


11月13日(日)第5回ドメニカ・イタリアーナ(イタリアの日曜日)開催

津波によりすべてを流失した自動車修理工場が、被災から8ヶ月経った11月12・13日の両日、市内の高台にある新しい用地(陸前高田市高田町字大隅18‐3)で工場を完成させ、新工場オープニングフェアを開催しました。主催者は「ロータス高田自工」として地域でも知られた高田自工(長谷川利昭社長)です。
長谷川社長は、被災後早々から新工場建設を計画しました。整備工場の全国組織であるロータスクラブとの縁で、5月に建てられた看板も"ITALIANS FOR TOHOKU"で寄贈しました。
5月から行なってきた「ドメニカ・イタリアーナ」のことを知る長谷川社長からは、オープンフェアの開催にあたってイタリア料理のランチ(炊き出し)などの協力要請があり、今回は13日の一日だけ9人でお手伝いしました。ランチは、ラ・ジョコンダからのパスタとトマトソース、生ハム、サラミ、ハム、チーズのサンドイッチなどを本格的なイタリアンを無償で提供しました。
また工場内では支援物資の提供を行い、イタリアから贈られたエトロ社のシャツ、先日ペドローロ社から届いたばかりの食材をトラックで運び、来場者に配布しました。
高田自工が行うのは、住民の足を守る自動車の販売とメンテナンスです。生活を支える上で最も重要なインフラの一つです。同社の新工場完成は、まさに復興に向けた狼煙(のろし)といえるでしょう。何もかも失った工場が、自力で再建に向けてスタートさせたのです。長谷川社長や社員の皆さんが歩み出した勇気を少しでも支えていきたいと思います。がんばっぺし!高田自工!
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当日はテレビ岩手と地元の新聞社・東海新報社が取材していました。
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最後に高田自工のスタッフの方々と記念撮影。
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さらに"ITALIANS FOR TOHOKU"は、陸前高田市に移動図書館車を寄贈する話を進めています。子どもと60歳以上の大人に、陸前高田をイメージする絵を11月25日まで公募しており、採用された作品を車両の外装デザインに施すことにしています。どんな車になるでしょうか。楽しみです。

デザイン公募についての詳細は下記の画像をクリックするとPDFファイルがダウンロードできます。現在募集中です。
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11月9日(水)イタリアからの支援物資届く

11月9日、当社に東北の方々への支援物資がイタリアから、在日イタリア商工会議所を経由して届けられました。送り主は、ペドローロPEDROLLO社
20フィートコンテナの中身は13トンに及ぶ食材。おそらく珍しい形のパスタ6種類、野菜スープの素、ミネストローネの素、トマトピューレ、レッドオレンジジュース、お菓子など多彩。その大きさは10トントラック2台分でした。 まず1回目としてこれらのものの一部を、13日に陸前高田市・高田自工(長谷川利昭社長)での「イタリアン・サンデー」の会場で配布します。今後、陸前高田をはじめ東北地方に届ける予定です。
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10月27日(木)28日(金)仙台で東北支援展示会に参加

10月27・28日の両日、仙台市で開催された自動車補修業界向けの展示会で、"ITALIANS FOR TOHOKU"はエトロ社のシャツを中心にチャリティグッズを提供しました。 28日には、スーパーGT500の年間チャンピオンであるロニー・クインタレッリ選手が応援に駆けつけてくれてサイン会が行われました。ロニー選手は、"ITALIANS FOR TOHOKU"のメンバーとして陸前高田に2回ボランティア活動に訪問しているほか、7月の菅生でのレースで優勝しており、今年は特に東北への思い入れが強かったようです。そしてドライバーであるロニー選手を特集し彼の一面を紹介しようとこのイベントを取材するため、テレビ局が同行しました。テレビ東京で11月6日、23時30分からの「SUPER GTプラス」で放映される予定です。 さらにこの日の朝には、わざわざ岩手県陸前高田市から車で来られた教育委員会の方と、子どもたちに夢を運ぶ新しいプロジェクトの打ち合わせをしました。詳細が決まればまたお知らせします。
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10月22日(土)青山まつり・ワールドパレードに参加

10月22日、「青山まつり」に参加しました。会場となっている東京の青山通りで「復興祈願 青山ワールドパレード」が行われました。
イタリアも参加しており、"ITALIANS FOR TOHOKU"もPRしました。パレードの出発地点となった青山1丁目のホンダビル前では、宮城県亘理町に復興支援活動を行っているグループと意気投合し、一緒にパレードしました。 シンボルマークの旗をつくりました。
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10月4日(火)

戸羽太・陸前高田市長と8月に就任したばかりの久保田崇・副市長に仮設庁舎でお会いし、イタリアからの支援窓口となっている"ITALIANS FOR TOHOKU"の活動について意見交換をしました。今後も陸前高田市への支援を継続したいと考えています。
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震災から間もなく7ヶ月。震災後、各地から訪れた多くのボランティア活動のおかげで、市街地の瓦礫はすっかりきれいに片付けられていました。市内の高台を中心に仮設店舗が設けられ営業を再開した店が増えています。 しかし一方で、市街地には多くの犠牲者を呑み込んだ市庁舎や市民体育館などの建物だけが残り、津波被害のすごさを語っています。そして地盤沈下(80cm〜1m近く下がったようです)のため、水溜りがあちこちにできています。藻が生えていたり、市役所庁舎前の水溜りには鴨がいました。
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いよいよ11月下旬には、陸前高田市復興のためのグランドデザインができあがるそうで、新たな歩みが始まろうとしています。

季節はすっかり秋です。9月下旬、台風15号がもたらした強風の影響で、なしやりんごが落とされたり傷がついたり、果樹園農家は多くの被害を受けてしまいました。 品種によって時間差がありますが、11月下旬頃まではりんごの収穫期を迎えます。そして、厳しい冬の備えも始まります。「傷んだら売り物にならない」のだそうです。けれども玉も大きく、味わい深くとても美味しいりんごでした!
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9月2日(金)

2011オートサービスショーにて配布しました東北支援活動の内容を紹介した冊子をご覧いただけます。
画像をクリックするとPDFファイルがダウンロード出来ます。

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8月6・7日(土・日)ドメニカ・イタリアーナ第4弾 イタリアンサマーフェスティバル

8月の"ITATLIANS FOR TOHOKU"は、6・7日の両日、高田第一中学校で開かれた「イタリアンサマーフェスティバル」-LA VOCE for Rikuzentakata-に協賛してランチサービスと物資提供を行いました。

今回のランチは、パスタではなく、ジョコンダのチーズやハム、パンやピザ、メロンやスイカ、を提供してきました。毎回好評のエトロの男性用シャツ、日用品を提供してきました。体育館を会場にイタリアに関連したミュージシャンたちが数多く、賛助出演していただきました。地元の高田高校吹奏楽部も、ゲストとして出演してくださいました。

1)学校下のローソンの入口に貼られていたポスター。
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2)ITALIANS FOR TOHOKU"のテント下でのランチサービスと支援物資提供。
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3)会場の第一中学体育館入口と高田高校のブラスバンドの演奏風景
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4)会場に何度も足を運んでいた仮設住宅に暮らすご夫婦とマルコ社長。「お世話になった方や友達にシャツをプレゼントしたい」そうだ
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5)挨拶するAidTAKATAの村上清代表とふれあい市場の柴田さん。
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6)最後にスタッフ全員で記念撮影
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7月10日(日)ドメニカ・イタリアーナ第3弾

"ITALIANS FOR TOHOKU"の陸前高田市への支援ボランティア活動「ドメニカイタリアーナ」第3弾は7月10日、前回6月5日と同じ広田小学校を会場に行われました。この日は最高気温は隣りの大船渡で35.4℃となる猛暑日でした。さらに到着後すぐに震度3の地震が発生。市内には津波注意報も発令されましたが、会場動じる様子もなく落ち着いていました。すでにこの地区の避難所は閉鎖され、小学校や旧水産高校のグランドに仮設住宅が数百戸建設されており、近隣の方も含めて10時過ぎから支援物資の提供を行いました。特に物資としてイタリアから送られた有名ブランド「エトロ」の男性用シャツ約500枚やポロシャツを配布しました。アッという間になくなりました。引き続いて11時半ごろからいつものようにパスタランチのサービスを提供しました。
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1)会場としてお借りした広田小学校。市街地から車で約20分離れた半島の中央部の高台にあります。小学校のグランドには66戸の仮設住宅が建てられています。学校のすぐ下には大野海岸海水浴場があります。先ほどの地震による津波注意報を知らせるサイレンが鳴りました。ちょっと焦りました。
小学校の下に「津浪記念碑」がありました。そこには、
一、大地震の後には津浪が来るよ
一、地震があったら高所へ集まれ
一、津浪と聞いたら慾捨て逃げる
一、低い所に住家を建てるな
明治29(1896)年6月15日午后8時襲来・昭和8(1933)年3月3日午前3時襲来と刻まれています。
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2)学校の通用口前にテントを張りました。バンに詰め込んだエトロのシャツ。きれいな化粧箱に入っています。シャツが見えるように並べますが、すごい勢いで皆さんが集まってきました。
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3)炊き出しはパスタ(トマト入りボロネーゼ、ボロネーゼ)、肉、パンとサラダ。エトロのシャツの空箱が運ぶ上で便利でした。パスタランチをパックして、サンビ・レッジ高田にも持っていきました。暑くなりハエが多くなっています。
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4)いつも子どもたちと仲良く遊ぶのは、大使館に勤務するダニエレさん。
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5)広田小学校出身の黄川田徹衆議院議員が地区本部を訪問。東京のテレビ局が同行取材していました。この日午前、三陸沿岸部をつなぐ国道45号線に架かり、津波で流された気仙大橋の仮橋が開通しました。特に南側の気仙沼への往来も便利になりました。
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5月20日(金)

この活動団体で、バッジを作りました。1個1,000円で、東北復興活動の支援のための資金になります。
長期的な活動になっていきますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。

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5月8日(火)イタリアン・ランチ 炊き出し

震災と津波から約2ヶ月。5月8日、「イタリアン・ランチ」炊き出しサービスを陸前高田市の避難所のひとつサンビレッジで行った。
「ITALIANS FOR TOHOKU」プロジェクトのなかでも最大のイベント。食を通じて避難所生活のひと時の潤いになることを願った。3週間ほど前から市の委員会やサンビレッジと打ち合わせしたうえで進めた。玄関前の場所とテントなどを用意してもらった。東京からは自動車7台でスタッフは25人の大所帯。とりわけケータリングサービスに必要なLPガスのタンク、コンロ、最大1000人までサービスできるほどの豊富な食材、いつものように野菜や自転車をはじめ、春から夏に向かう衣類など支援物資などもトラックで持ち込んだ。次回の炊き出しは6月5日に開催する予定(会場は調整中)。

1)この避難所に暮らす方々、ボランティア支援者、他の避難所、通りすがりの方々など500人ぐらいが集まった。残った食材は、ここや他の避難所への弁当になった。
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2)揃いのTシャツをあつらえた。東京からこの日のために駆けつけた有名なイタリア人シェフ、エリオさんやカルミネさんの姿もあった。
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3)この地にも春が到来。この日の気温は17、18度。子ども向けに春夏物の衣料、靴、長靴を持参。これからますます必要になるだろう。
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4)イタリアンのランチサービスを知らせるために急きょ作った案内板。2人のM社長の力作。農免道路だった道が、震災後の今はメインストリートに。サンビレッジの玄関は、他の町との足をつなぐバスの停留所になっている。
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5)すべてのサービス終了。集合写真を撮り解散。
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6)その直後10分も立たず、片付けが終わりかけた頃、突然空が暗くなった。轟音とともに降ってきたのは雹だった。
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7)14時30分からここで落語家の林屋三平師匠が来場し寄席を開くスケジュールだった。姉の泰葉さんらがわれわれと入れ替わりエールの交換。われわれが退席する際、地元の方々から感謝の拍手が起きた。温かかった。
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8)100名ほどが暮らす避難所の中の様子。裏手では仮設住宅の建設が始まったばかり。
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9)陸前高田の新しいキャッチフレーズ。「がんばっぺし」!名勝高田松原に7万本あった松は、1本を除いてすべて津波で流された。奇跡的に1本だけが残った松をあしらい、地元のことばで復興をアピール。
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10)震災からまもなく2ヶ月。新緑が広がり、春を知らせる。果樹園の梨やりんごの花が咲く。
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4月28日(木)
これまでに提供したもの一覧

エムエスジャパンサービスから
3月27日:ガソリン携行缶20個・ポリタンク30個・カセットコンロ用ボンベ60本・ガソリン200L
4月3日:ガソリン400L・灯油160L軽油240L・自転車ノンパンクタイプ1台、かご付自転車5台(4月17日)・野菜10箱分、牛乳10本、肉10kg・イタリア・PIUSI社製建設機械用オイル供給用ポンプ4台

ラ・ジョコンダから
3月27日、4月3日、17日:弁当を80個×3回・パスタ、パスタソース(トマト、ミート)150人分×3回・水ペットボトル(350cc)2ケース

衣類関係では、最初ダンボール10箱分くらい提供したが、市からの要請がなく少しだけでした。


4月19日(火)(※写真クリックで拡大表示)

当社・当クラブの活動を支援してくださる方が少しずつ増えています。中には、陸前高田についての新聞記事を切り抜いて送ってくださる方もいらっしゃいます。感謝。

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4月17日(日)(※写真クリックで拡大表示)

1)朝4時半過ぎ、港区三田にあるイタリア料理店「ラ・ジョコンダ」の前で積み込み。3月の物資支援のはじめから、各種チーズ、水、イタリアンのランチボックスなどを提供してくださっているのである。 お店のHPはこちらhttp://www.la-gioconda.com/

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2)陸前高田市のOさん宅に到着して12時すぎ。まずは近隣の方々がパスタランチ。

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3)テントを立て、テーブルを出す。ジョコンダが販売しているチーズ「グラナ・パダーノ」をカットするのは、ゼネラリ保険会社の日本支社長のD氏。チーズは塩分もあり、栄養補給には欠かせない食材なのだそうだ。それもイタリア人の知恵のひとつ。

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4)今回はジョコンダのシェフであるイヴァーノ・ブッシ氏による特製パスタソースやパスタを大きな寸胴に入れて持ち込んだ。とにかくうまい! 台所をお借りしてプロパンガスのコンロでパスタをゆで、大きな鍋であえて仕上げる。

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5)お嬢さんがパスタソースと混ぜている。この日、食事の準備をしている時に電気が通じた。皆さんの表情が少しだけ明るくなった。「電気があるだけで安心する」と。

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6)支援物資の受け入れ先になっている市立給食センター。今回は自転車5台のほか、生鮮野菜、くだもの、衣類、おもちゃを持ち込んだ。野菜類が欠かせない物資として歓迎されているようだ。

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7)左から2人目がここの責任者である佐々木さん。今回は計画しているイベントの相談を持ちかけているところ。少し先になるが5月GW明けの日曜、東京に店を持つ有名イタリア人シェフたちが立ち上がり、大々的にイタリアン・ランチを提供しようと計画している。この日は「母の日」。子どものみならずお母さんにも美味しい料理を味わっていただき、少しでも多くの家族が笑顔になれるのを願っている企画だ。食を通じて幸せを運ぶことのできるイタリア文化のアイデンティティは素晴らしいと思わず納得してしまう。 イベント詳細は改めてお知らせしたい。

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8)津波によって修理工場自体が流されてしまった方も数多くいた。すでに新しい工場用地を確保した整備工場もあるが、仕事をしたいけれど工具がない。「工具さえあればなんとかなる」という方のために特別に工具箱を提供することにした。

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4月3日(日)(※写真クリックで拡大表示)

車3台でイタリア人たちと日本人のボランティアチームが再び陸前高田市を訪問しました。埼玉や東京から運んできた牛乳や野菜を渡しました。センターにちょうど、医療車両である胃レントゲン車が到着し、ポリタンクから直接給油するところ。軽油を注ぐのはスーパーGTのレーサーであるロニー・クインタレッリさん。 タンクを持っているのは当社の東北担当の営業マンであるSさん。
今回の震災支援のために提供するため、経済産業省に産業機器として申請した建設機械用に便利なイタリア・ピウジ社製給油ポンプ「PIUSI BOX(ピウジ・ボックス)」を納めました。ドラム缶からのオイル供給も、これがあればかなり効率よく行うことができるはずです。

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被災地の状況(動画)を追加しました。※クリックすると別画面で開きます。(撮影:ロニー・クインタレッリさん)

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ロニー・クインタレッリさんのサイトはこちら
http://www.ronniequintarelli.net/


4月2日(土)(※写真クリックで拡大表示)

前日夕方、陸前高田市学校給食センターが避難所に送られてくる物資のコントロールをしている担当の佐々木清敏さんと話しました。
「野菜と牛乳がほしい」ということでした。それは調理されたものよりも、当地で調理するための生野菜や肉が必要とされています。「とくに牛乳がほしいんですよ!」と少し控えめに語られた声には「地震以来まったく口にしていないんです」という切実な思いが込められていました。
「ガソリン、軽油も貴重だから助かります」。さらに、こちらから、大人用おむつ、子供用おもちゃを提示すると「歓迎します」・・・・。
「ほんとうにいろいろありがとうございます」と佐々木さん。

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3月27日(日)(※写真クリックで拡大表示)

当社倉庫にて20L入りのポリタンクとガソリン携行缶。九州の営業マンSさんがホームセンターでかき集めて取り寄せたもの。
ポリタンクには水を入れて運搬します。

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MSJクラブのメンバーである仙台市泉区のトラウムにて。

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陸前高田市にて、マルコ・スタチオーリ社長が自衛隊とともに支援物資の運搬を手伝いました。

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陸前高田市にあるS氏の夫人の実家から、少し高台のりんご果樹園にまで津波が瓦礫をここまで運んできたのです。太平洋沿岸を望む場所から、沿岸部にあった建物はほとんど大津波に呑まれてしまいました。

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被災地の状況(動画)※クリックすると別画面で開きます。(提供:クリスティーナ・モリーニ・スミさん)

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3月21日(月)(※写真クリックで拡大表示)

仙台市宮城野区の様子(Hさん撮影)。 これだけの車を運び、船をも乗り上げてしまう恐るべき津波のエネルギーにはただただ唖然とするばかりです。

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3月18日(金)(※写真クリックで拡大表示)

未曾有の大惨事となった東北地方太平洋沖地震と大津波から1週間経った3月18日の朝から夕方にかけての光景です。東北で被災したSさんのため、社員らが近隣のスーパーやドラッグストアなどで飲料水、食料など購入しました。さらに、家にありまだまだ使える衣料品、ガスボンベなどの物資をかき集め、まず仕分けして車に載せました。夕方二人のHさんが緊急車両として支援物資を積んで鳩ケ谷を出発しました。

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